
Profile
松原 俊介(まつばら しゅんすけ) 先生
札幌日本大学中学校・高等学校
数学科 中学校3学年主任(担任)
国公立大学理学研究科数学専攻修士課程修了。中学時代は卓球部に所属し、週7回の練習で勉強をする暇がなく、隙間時間を見つけて効率よく勉強する習慣が身につく。小さい頃から数字が大好きで、2才のときに数字の「2」がお気に入りになり、家の前の道路にチョークで大きく2を書きまくっていたという逸話がある。その後も算数・数学が大好きで大学でも数学科に進学するが大学1年生の時に本質にせまる数学に直面して挫折しかけたが、何とか学習に励み社会に出る。学ぶ喜びを共有したいと考えて教員を目指し、現在に至る。教員21年目、札幌日本大学中学・高等学校9年目。

いまも2は好きです。
Students

高校3年生 TさんとKさん
(取材日:2025年7月14日)
INDEX
- 授業の概要
- 生徒による演習問題の解説
- 対談 ~数学の入試対策について~
第6回で受験期の授業についての反響が大きかったこともあり、同じく受験期の高3の他の教科でどのような授業を行っているかの取材に行きました。筆者もその昔、大学受験を経験していますが、当時の記憶を手繰り寄せてみると、高3の夏ごろは履修範囲も終わり、ひたすら入試問題の演習をして、先生の解説を聞いていた記憶があります。受験だからと必死に食らいついてはいましたが、いつも同じような展開で正直「つまらなかった」記憶があります。受験期というのは、そんな感じで、「とにかく量をこなす」のが鉄則で、それ以外の方法なんてあるのか?と考えていたというのが本音です。
果たして、どのような授業を行っていたのか、そしてそのねらいは何なのか、記事をご覧ください。
■授業の概要
この授業は高校3年生対象の数学演習という講座名で開講されており、国語演習との選択になります。主に理系の大学受験を考える生徒で構成されています。受講人数は約25人で授業の内容は数ⅠAⅡBCの範囲で大学入試問題の演習を行っています。授業は2時間続きとなり、概ね1時間目は今回取材した生徒による演習問題の解説、2時間目は先生が用意した入試問題と先生による解説を行います。
使用するテキストは大学への数学 1対1対応の演習 三訂版(東京出版)。 例題で学習し、対応する演習題を独力で解くことで、そこで扱うテーマについての理解が深まり、 大学入試レベルの実戦力が自然と身につく実績のある問題集です。

■生徒による演習問題の解説
今回の授業では、3人の生徒が問題解説を行いました。円や直線やそれらの交点や接線などから描かれる図形の面積を求めるなどの範囲を学んでいます。松原先生は授業の開始の合図や生徒解説後の補足を短い時間で行います。

今回の50分間で生徒はどのような発言をしたのか、主な発言をまとめました。( )は発言した人です。
◆はじめに(松原先生)
それでは始めますので、担当のみなさんよろしくお願いします。
取材の先生が後ろで見ているので、もしかしたら後で感想を聞かれるかもしれません(笑)
◆第1問の解説(生徒)
基本的な問題ですが、ちょっと珍しいタイプなので、頑張って解説していきます。
この問題は、まずP、Q、Rという3点を考えます。
RはPQを接点とする接線の交点で、とりあえずこのあたりにRがあると仮定します。
P、Qを通る接線をそれぞれ求めていけば、Rの座標が出せます。
その後、X座標を消去して出していくと、Rのx座標が「1/2p+9」と求まります。
また、この時点でmy平面でx座標が同じになるので、「平行」ということが分かります。
どちらかに代入して答えを出していけばOKです。
■図形の面積の求め方(生徒)
次に、三角形PMRについて考えます。
MとRの座標の差で、だいたいRの位置が分かります。
次に、PからMRへの距離を出します。
Pの座標を入れて計算し、1/2をかければ三角形の面積が出ます。
さらに、「この2つの直線が直交する」条件を考え、傾きが-1になるように設定します。
この条件を使って式を整理すると、三角形PMRの面積の最小値は「1/2」となります。
■注意事項とポイントについてのコメント(生徒)
記述式で抜けやすいのは、「PとQが同じだと困る」場合。必ずこの条件も書いてください。
相加相乗平均も使う場面があります。
この問題は図を書いて考えると分かりやすいです。
■第2問の解説(生徒)
この問題は「円の半径」に関する問題です。料理と一緒で数学は下処理が大事です。円をC1、C2と名付けましょう。
各問いで「円の中心」や「半径の和」「中心間の距離」に注目して式を立てると簡単に求まります。
円C1とC2の中心間の距離や半径の関係から、それぞれの半径を求めていきます。
あとは問題文にある条件を整理して式に代入し、答えを導きます。
中心間の距離や直線と円の関係は、図形を丁寧に書くと分かりやすいです。
距離や高さは、与えられた条件から三平方の定理を使って求めましょう。
分からない部分は「別解」や「他の視点」でも考えてみるといいと思います。
■第3問の解説(生徒)
この問題も同様に、問題を「関数を置く」などしてシンプルにしましょう。
2つの円の共有点を通る直線や円の方程式などが問われます。
解答のときは、安易に「イコール0に代入する」のではなく、式の成り立ちや意味をよく考えてください。
■まとめのコメント(生徒)
途中で分からなくなった場合は、必ず図形を書いてみることをお勧めします。
また、式だけでなく図や条件から「何が分かっているか」を整理しましょう。
分からない部分や計算ミスも含めて、積極的にみんなで共有したほうが良いです。
■最後に(松原先生)
時間が少なくなりましたので残りの時間は各自予習・復習してください。
次の授業で類題や似た問題を扱う予定です。
分からないところは遠慮なく質問してください。


今回生徒が解説した演習問題 抜粋
■対談 ~数学の入試対策について~
【大学入試の数学で重要視している点を教えてください】
まずは基礎です。基礎というのは、大学入試問題を解くにあたり、絶対に理解しておかなければいけない公式や、なぜその公式が成立しているかといった点、そして入試ならではの定番の解法などです。そして同時に絶対的な基礎計算力。基礎計算力とは、正確にスピーディーに処理していく計算力です。この2つができている状況になることが大前提で、これらがが不完全だと、難関大学の合格点に達することができません。基礎なしに、その上を構築することができないのは昔も今も変わりません。
【松原先生の授業で大事にしていることは何でしょうか】
この授業は基礎計算力がある一定以上あるという前提で進めています。そのうえで大事にしていることは定番を確実に理解し、予習で説く力をつけることです。あとは定番の知識の組み合わせを行うことができる力をつけることです。 また、教科の枠を超えた話にはなりますが、人前で説明することを経験させることも今後の活躍のために大事にしています。
【この授業スタイルはいつから始まり、いつぐらいまで続きますか】
この授業スタイルは数学の履修範囲が終わった高2の後半から続いています。だいたい今年の10月くらいまで続きます。10月以降は共通テスト対策でマーク形式の演習に替わります。マークの問題は記述問題の力があれば十分理解できますが、マーク特有の考え方や答えの導き方、時間の使い方があります。そのため、ある程度の時期になれば練習も必要になります。ちなみにこの解説型授業はグループでやる場合もあります。クラス全体で聞くべき問題は全体に向けて解説をし、ディスカッションで深めたい場合は4人グループで行うこともあります。
【この授業スタイルでテキストはどのくらい消化できるのですか】
現在の問題集は高3の4月から使っています。1回の授業で4問程度しか進みませんので、10月まででテキストの3割ぐらいしか進みません。そのため、授業で扱う問題は頻出の問題や受験用の必須内容、難関大を受験するにあたって知らないといけない問題を厳選して生徒に割り当てています。
【高3の数学はすべてこのスタイルなのですか】
高3の数学は、週当たりこの2時間続きの数学演習が2回とそれ以外に週4回数学Cの授業があります。数学演習では今回お話ししているような基礎力の完全な理解と定着を目指した授業計画で進めており、数学Cの方は、いわゆる受験数学の難問などをがっつりやっています。
【生徒にはどのようなことを望んでいますか】
とにかく主体的にやってほしい。主体的というのは自分自身で責任感を持ってやるという事です。これは説明する側も聞く側も同じです。説明する側の視点では、責任をもって自分の力で考え、答えを導き出すことに全力を使ってほしいと考えます。聞く側の視点では、他の生徒の解法を自分の解法の一つとして取り入れるようにしてほしいと考えます。
【この授業の面白さはどんなところでしょうか】
生徒の参加姿勢でしょうか。聞く側にしてみれば、同じ生徒が発表しているから安心感を持って聞くことができていると思います。また、解説や質問する生徒の視点がおもしろいです。こちらもなるほどなとなります。ディスカッションが白熱するのも面白いですね。一通り履修が終わってそれなりに知識があるからこそできるのでしょうが、かなり高いレベルでのディスカッションは大学の数学科を思い出されます。教員の立場では、生徒にとっての解きやすい解法が何か、人気の解き方や、思っても見ない解法、解説をする生徒の理解度もわかるので、授業計画を作ることにも役立ちます。
【最近の共通テストの数学についてどのように考えていますか】
とりあえず共通テストの文章量は多いですね。リード文、問題の設定文がとても長いです。そのため、文章を読んで理解するといった処理能力が必要になってきています。センター試験の時は、極端に言えば一般的な解法に数字を入れて計算して答えを出すだけでしたが、共通テストでは数字を出すだけの問題が減り、その代わり結果の意味を説明している文を選んだり、図形の状況を表す選択肢を選んだりと、選択肢のバリエーションも増えました。本当の意味で、基礎的な内容の理解が完全でないと設問の答えにたどり着かない問題が増えたと思います。計算の正確性に加え、公式の導出過程も重要になりました。覚えている公式への当てはめ、定番解法は以前よりも使いにくくなってきている印象です。そのため、繰り返しにはなりますが、入試における基本的な内容の「完全な理解」がとても大事です。
【二次試験に関して変化はありますか】
二次試験については依然とそれほど変化はないと思いますが、確実な論述力が無いとそもそも点数はとれません。解に向かい丁寧に順序だてて説明、記述する力が必要です。
【大学入試で伸びる生徒、そうでない生徒の違いはありますか】
詰まってしまったときに記述することをあきらめてしまう、式を変形させるなどの創意工夫をしない、手が止まってしまう生徒はどうしても点数がとれません。これらは粘り強さの面での弱さがあります。中学生の時点で空欄の多い生徒は高校でも伸びないことがほとんどです。粘り強く、試行錯誤をし、少しでもペンを動かした生徒が最終的には伸びてきます。
■生徒インタビュー➀

Tさん Kさん
Q 今日の演習解説を実践したTさん、Kさんに質問したいと思います。
T よろしくお願いします。 K よろしくお願いします。
Q 解説をしてみた率直な感想を教えてください。
K 自分の口で話したり書いたりすることで、よくわからないところがどこなのか、それがだいぶわかってきたので良かったです。
T わかりやすく解説することは、論理の一貫性が必要になりますので、結果的に解き方が洗練されました。
Q 解説する問題はどのように担当が決まりますか?
K 基本的には、立候補制で、全員が均等に分担します。立候補がない場合は、まだやっていない人を先生が指名します。
Q 生徒解説だと、1回の授業で解説できる量が限られて、進度が遅くなりませんか?
K 数学の範囲自体はすべて終わっているので、進度自体にそれほど重要視はしていませんので、気になりません。
T むしろ、自分の口で説明することでどこが理解できていないかが分かり、穴埋めができる点でメリットが大きいです。
Q 解説する生徒のメリットはわかりました。解説を聞く側の生徒の意見はどうでしょうか?
K 様々な解法を体験できるというところにメリットがあります。また、質問したり解法に意見を言ったりしますので、解き方や説明を集中して聞くことで、参加する楽しみがあります。授業時間を楽しみながら参加することができます。
T 正直、あまり聞いていないというときもあって、そういう時は聞いている側のメリットというのは少ないですね。僕はどちらかと言えば、解説する側にメリットがある授業だと思います。ただ、2時間続きの次の授業は結構ハードな入試問題と先生の気合の入った解説なので、1時間目はこのスタイル、2時間目は講義スタイルという違いがあるおかげで、楽しんで学ぶところとシビアに学ぶところとメリハリをつけられて、飽きずに学べるのでいいと思います。
Q 貴重なご意見をいただきまして、ありがとうございました。
K ありがとうございました。 T ありがとうございました。
■松原先生の想い
数学を教えているとよく、「数学でこんなことやっても将来使わない」という言葉を耳にします。確かに因数分解、関数、図形の合同証明などを大人になってから直接使う機会はごく一部の人以外ないでしょう。私は毎回『数学を通じて論理的に考えることを学んでいる』と答えます。もし、「〇〇の理由を教えて」と言われた時に根拠がなければ相手を納得させることはできません。また、理由を言っても内容が薄いと相手に見透かされてしまいます。
数学は問題を通じて、計算のルールや図形の性質を使って絶対にこの答えになるということ学びます。さらに、数学では答えを求めるための途中の過程が何パターンもあり、そこに面白さがあります。授業では、「なぜこのような式になるのか」「根拠を必ず書く」「他の解き方」を意識して授業をしています。

■まとめ
取材前の私は、アクティブラーニングや探究的な学習手法は基礎的な学力習得や概念理解には対応できるが、大学入試など高度化した問題には適合しないのではないかと考えていました。しかし、大学入試問題をきちんと見ていくと、難解な問題だけで構成されているのではなく、基本的な考えの組み合わせで解く問題でできていることが分かります。そのため、大学入試問題において得点を取るためには、確実な入試基礎力が必要になります。演習問題を生徒が自ら解説することで、理解が不完全な部分を明らかにすることができ、その部分を補強することで入試基礎力が高まります。結果的に入試で高得点につながっていくことがわかりました。
大学入試基礎力が真の意味で完成しているならば、ひたすら演習量を増やしていくことは学習効率が高いでしょうが、はたして完成している現役の高3生はどの程度の割合いるのでしょうか。実際のところ大半の生徒の入試基礎力が不完全だと思います。現実に即した効果的な学習方法として、生徒解説型の授業が行われていることと、期待される効果について感銘を受けました。受験期だからこそ、残された履修期間で最も効率よく、高い精度で、そして生徒のモチベーションを維持していくカリキュラムマネージメントがここに隠されていました。受験生が学校に登校するメリットは何か。改めて考えさせられた受験期の授業でした。
(取材・記事 昭和女子大学現代教育研究所 研究員 本岡泰斗)